いとしのハントンライス

「ご当地B級グルメ」的なものがブームになり、更には一般的な概念として世間に定着して、もうどれほど経つだろう。今日では彼方も此方も名物を盛り上げよう、売り出そうと躍起である。商売っ気の強さが鼻につく例もあるが、それらの活動によってかつては知り難かった味覚の数々に比較的容易く触れることが出来るようになったのだから、基本的にそう悪いことではない。

 

 さて、金沢にも所謂「ご当地B級グルメ」がある……と切り出すと、それはもう高確率で「金沢カレーだな?」と身構えられてしまう。確かに金沢カレーはここ十年ほどで売り出しに成功し、他所への店舗展開も積極的、認知度を大いに高めた「ご当地B級グルメ」の成功例と言っていいに違いない。
(馴染みのない方のために簡単に:金沢カレーとは、金沢・小松の洋食屋の系譜の中で成立した、トンカツと千切りキャベツが乗っているのが基本形の濃い目で重いカレー。ステンレスの皿で供され、フォークや先割れスプーンで食す)

 

 しかし、個人的に金沢の「ご当地B級グルメ」として推したいのは、金沢カレーではなくハントンライスである。
 ハントンライス。何とも不思議な響きではあるけれど、そんなに突拍子もない料理ではない。こちらも金沢の洋食屋の系譜の中で生まれたもので、現在標準となっているのは、ケチャップライスの上に薄焼き卵を敷き、一口大の白身魚のフライ数個とタルタルソースを乗せた一皿である。見た目はフライ付きオムライスだから、オムライスに揚げ物がついてくることに馴染みがあるかどうかで、初見で受けるインパクトの大きさは違ってくることだろう。
 また、乗ってくる揚げ物は前述の通り白身魚のフライが基本だが、根源に遡るとマグロのフライだったようで、また今日でもトンカツやエビフライなどのヴァリエーションがあり、それぞれ「カツハントン」「海老ハントン」などと称されている。カツハントンの場合はもちろんタルタルソースではなくとんかつソースやウスターソースが掛かっているので、タルタルソースなどが苦手な方も安心だ。

 

 ただこのハントンライス金沢カレー金沢カレーとして知られるようになるよりずっと前から存在するにも関わらず、今一つ知名度が低い。ややもすれば金沢在住であってもご存知ない方もおられる。何故なのか。
 思うに、これはハントンライスがあくまでも「洋食屋の一メニュー」だからだろう。カレーは大抵のご家庭で幼少時から目にし、街でもカレー屋として堂々たる存在感を示しているが、一方のハントンライスがご家庭で供されることはあまりないだろうし、また洋食屋のメニューの一つに過ぎないから、街路で何とはなしにその存在に触れることは皆無である。洋食屋の前で立ち止まって、初めて触れることが出来るのだ。
 カレー屋は多少のトッピングやサイドメニューもあれどほぼカレー一本で店が成り立つのに対し、洋食屋が一つ二つの料理しか提供できないのでは店は立ち行かないから、洋食屋のメニューの一つという立ち位置ではどうしても存在の主張が控えめになってしまう。あまつさえカレーはカレー屋のみならず、その洋食屋でも少なからず提供される。流石カレー、日本の国民食。強い。

 

 そんな訳で、まるで判官贔屓ではあるけれど、私は圧倒的強者であるカレーを一旦措いてハントンライスを応援するものである。
 そして、応援するからにはこれぞというものをお勧めしなくてはならないだろう。よく似た料理であるオムライスがそうであるように、ハントンライスも店によって味付けが異なり、そこで好みが分かれるのだ。

 

 まずは石引の商店街にある洋食屋『キッチンすぎの実』のハントンライスを挙げたい。石引の商店街は、前回触れた兼六園の小立野口から正面に真っ直ぐ伸びる小立野通りにある。商店街としては大分寂れてきているが、そばに金沢大学医学部があって学生街の風を残しており、良い飲食店が幾つかある。そのうちの一軒だ。
『すぎの実』では基本のハントンの他、前述のカツハントン、海老ハントンも提供している。ハントンに掛かっているのはサウザンド・アイランドソース。ライスの味付けが程よく、この手のこってりとした料理にしては食べ飽きない味なのがうれしい。

 

 もう一軒、金沢の隣町に当たる野々市の喫茶店『JOHN かりおすとろ』もお勧めしておきたい。この店はかつて金沢駅前は別院通り口にあった喫茶店『TEA LAND此花店』のマスターが、同店の閉店後しばらくしてから構えたもので、一部を除き『TEA LAND』の大変ユニークな食事メニューを継承し、発展させている。喫茶店ではあるけれども、実態はほとんど洋食屋である。軽食喫茶ならぬ重食喫茶とでも呼べるだろうか。
 この店が擁するユニークなメニューの数々はそれだけで長々と話が出来るほどなのだけれど、今回はハントンライスに話を絞る。
 店舗が野々市にあるため「野々市ハントン」と銘打っており、ケチャップライスにハムや野菜といった具材が入っていること、ソースと共にピクルスの微塵切りとバジルがかかっていることが特徴で、なかなかに贅沢なお味である。お値段もそれ相応で、ハントンライスにしては珍しく通常の一人前で千円を超えてしまうものの、見合った満足感が得られることは約束できる。

 

 以上二軒の店、特に『JOHN かりおすとろ』は観光のついでに立ち寄るには少々ハードルの高い立地だが、金沢工業大学からは比較的近いのでそちらにご用の方にとってはちょうどいいだろう。
 他にも、金沢市内の洋食屋ならば大体メニューにあるし、一部の食事を提供するタイプのカフェでも食べることが出来る。金沢駅の構内にも提供している店があるので、旅の合間にちょこっとという方はそういうところで是非お試し頂きたい。