金沢の桜 一

 金沢における花見の季節はちょうど四月の上旬、まさにサクラサク時候である。今年(二〇一九)は四月に入った途端に気候が冬に逆戻りして雪まで降る有様で、少し開花が遅れたが、その後春らしい気候になって無事花見時を迎えている。

 

 さて、金沢も桜の名所はあちこちにあって、それぞれ市民や観光客の目を楽しませてくれる。観光客にもアクセスが容易な名所としては浅野川沿いとお堀通り辺りだろうか。

 浅野川沿いでは浅野川大橋から両岸に咲く花を眺めたり川沿いの道を歩きながら見上げたりできる。お堀通りは大手堀と、何と言っても石川門だろう。大手堀は水面とのコントラストが魅力であるため、個人的には花の盛りを僅かに過ぎて散り始めた頃が一番良いと思う。石川門については、もう言わずもがなであろう。日本の城に桜はよく合うと言われるが、その代表格の一つと言える。

 他にも広坂の通りにも桜並木があるし、犀川沿いの緑地や卯辰山など観光地とはちと言いにくいが市民の憩いの場たるべき場所にも良い花見スポットがある。

 

 このように花見どころに事欠かない金沢ではあるが、中でも特色あるスポットを取り上げてみたい。

 まずは、兼六園のそばから。兼六園の裏手側、赤レンガミュージアムこと石川県立歴史博物館の隣に、閑静な一帯には似合わぬ武骨な七階建てのビルが聳えている。NTTの持ちビルなのだが、この敷地の両側面及び隣接する駐車場に、なかなかに見事な桜並木がある。観光地の近くながらそのものではないため混み合うこともなく、ゆっくり花を愛でることができる。

 ただ、噂に聞くところでは、真の花見名所はそのビル自体だとか。と言うのも、このビルは小立野台地の急斜面の上に建っており、近場に他のビルはないため、東西南の三方に眺望を遮るものが何もない。ということは、このビルの上層からはおそらく、小立野台地の麓から犀川沿い、寺町台地、そのまた向こうの山々までまるっと見渡せる。即ち眼下には敷地のそばの桜並木を、少し遠くに目をやれば犀川緑地や寺町台地に登っていく桜坂の桜並木を一望することができる……はずである。

 想像するだけでも素晴らしい眺めだが、残念ながら商業ビルではないので一般人は仕事の用でもなければ立ち入りできない。ああ、何故商業ビルではないのか! ……と言ってはみてもこの一帯自体が風致地区であるから、商業ビルが建つ訳はないし、むしろこのビルが存在すること自体が異例なのだろう。

 

 手の届かぬ名所を嘆いてばかりでも仕方ないので、もう一ヶ所。市民はよく知る名所である。

 市内南部に高尾という地がある。近くに何ら観光スポットがないので、観光向きの場所ではないが、ここにある石川県教員総合研修センターが桜の名所である。センターの敷地自体が緑地として整備されていて、花の季節の休日には家族連れが多数訪れ楽しんでいる。

 もっとも、桜を堪能するならばセンター自体よりもそこに到るまでの道こそが名所。道沿いには密度の高い桜並木があり、満開の時節にはまるで桜のトンネルをくぐっているような具合になる。交通の便の良い場所ではないため大体は車で通ることになり、あっという間に見終わってしまうのだが、ここは是非歩いてゆっくりと堪能したい。

 さて、この場所は一般的な観光地ではないのだが、ある向きの方々には訪れる価値のある場所である。何故ならば、ここは史跡、城跡だからだ。

 城跡としてのこの場所は高尾城・多胡城などと呼ばれ、読みは「たこうじょう」「たこじょう」といった具合になる。室町時代後期・加賀守護である富樫氏の城であり、十五世紀後半に一向一揆に攻められた当主 富樫政親が自刃(異説あり)、以後織田信長に平定されるまで百年近くに渡り加賀は「百姓の持ちたる国」と言われた……というあれの現場である。

 城址としての整備は万全とは言い難いが、立ち入りできる範囲でもある程度の雰囲気を感じ、遺構を確認することはできる。また、見晴らし台として整備された小高い場所に登るだけでも「うわあ、こういうとこ攻めたくない」という気分をちょっぴり味わうことができる、かも知れない。